サミュエル・ハンチントン「文明の衝突」が警告するもの

世界の何処かで戦争が起こる時、いつもこの本を開いて見ています。500Pに及ぶ大作のため全部を読み返すことは困難です。従ってその都度傍線を引き、今では傍線で一杯です。

今回は傍線がない部分に主として注目しました。先ず目に飛び込んできたのは252Pと353Pの「ウクライナ」です。申し遅れましたがこの本は1998年6月の発刊です。
1993年のセルビアVSボスニア・ブルガリア戦争から始まります。とても複雑でなぜこれが現在のウクライナ問題に関係しているのか、ついに分からずじまいでした。

一貫して問題にされているのは欧米の関与と、その関与がダブルスタンダードであることでした。ここで私の関心は欧米の「ダブルスタンダード」に移りました。

一旦この論争はニクソン声明により収まったかに見えましたが湾岸戦争・アフガニスタン戦争の後、再燃しました。

中国やイスラムによって欧米に対する批判が高まり、リチャード・ニクソンは次のように発言しました。「現在の中国の状況を見れば、アメリカが人権について説くのは軽率な行為だ。10年後にそれは的はずれな行為となり、20年もすれば失笑を買うだろう」。

この発言に対しハンチントンは、その頃までには中国の経済は発展し、欧米の助言など必要がなくなっているだろう。経済的成長によって、アジアの政府は西欧の政府との関係で以前よりも強い立場にある。更に先を見ればアジアでは政府との関係で社会が力を持つようになるだろう。アジアの他の国にも民主主義が生まれるとすれば、それはより強くなったアジアの中産階級や中流階級が民主主義を望むからだろう。(貧困に追い込まれたた一般大衆はそうはいかないと言うことにも含みを持たせている)

30年後の予測をズバリ云ってのけるハンチントンの確信には脱帽でした。

ハンチントンの主張は正に2022年の現在に通ずる叡智だと思います。中間は省略し476P以降で述べていることを主にご紹介します。(カッコ内は傍注)

非西欧社会の人々に西欧の価値観や制度や文化の採用を迫るべきだと云う信念が不道徳だと云ったのは、それを成し遂げるのにどれほどのことが必要かを考えるゆえである。(つまり無理があり、このためにどれだけのダアブルスタンダードや騙しや不道徳な工作が必要なのか図り知れないとマイケル・ハワードの言葉を引用して、警告している)

西欧の普遍主義は異文明の中核国家が争う大規模な戦争を招く恐れがあって、世界にとって危険があるばかりか、西欧の敗北につながりかねないだけに、西欧にとって危険である。
(世界はイスラム国や中華・儒教国、東方正教会などの文化が台頭し、今やキリスト教文化だけではない。371Pにわかりやすい関係図が示されている)

個人の自由、民主主義、法の支配、人権、文化の自由と云う考えの根源は欧米人の考えであり、アジア人やアフリカや中東の人々が取り入れることはあっても彼らから生まれたものではない。
西欧の指導者の責任は、他の文明を西欧のイメージにつくりかえようとすることではない。それは、力の衰えた彼らの手にあまることだ。むしろ、西欧文明のかけがえのない特質を保存し保護して更に新しくすることだ。
アメリカが西欧最強の国である以上、その責任はアメリカ合衆国の肩にかかっている。

そして、最も重要な点として、西欧が他の文明の問題に介入することは多文明世界の不安定さと大規模な世界的衝突を引き起こす最も危険な原因になりかねないと認識することだ。

ハンチントンが多文明間の不安定さを主張する理由は西欧の人口構成の変化に関係する。
西欧社会での将来の人口増加の殆どが移民の増加による。「今や軍隊や戦車ではなく、他の言語を話し、異なった神を敬い、我が国の領土を占領し、我々の社会福祉制度で生活し、我々の生活様式を脅かす」のではないか、とこの恐怖は相対的な人口減少に根ざしている。

1990年代のはじめになると、ヨーロッパへの移民の3分の2はイスラム教徒で、西欧で生まれる子ども10%は移民の子で、ブリュッセルではそのうち50%は移民の子だ。

結果としてドイツでは1990年の国政選挙で、右翼、民族主義者、反移民の政党に対する票が増えた。ハンチントンはこれら移民の影響を危惧し文明の多様性の問題を重視している。

冷戦後の世界では選択がもっと難しくなって、友好的な独裁者と非友好的な民主主義者のいずれかを選択しなければならなくなるだろう。西欧は安易に考えて、民主的に選ばれた政府は協力的で、親西欧的だと考えていたが、選挙により反西欧的な民主主義者や原理主義者が権力を握るかもしれない非西欧社会では、その仮定は必ずしも正しくない。

引用の最後に日本に対するアドバイスとも受け取れる記述があるので付記します。

これは1994年2月に起こった。アメリカからの完成品輸入に数値目標を求めたクリントン大統領の要求を、細川護熙首相がはっきりと拒絶したのだ。

繰り返される日米貿易紛争からあるパターンが生まれた。アメリカは日本に要求を突きつけ、応じられないときには制裁をかけるぞと脅かすのである。ずるずる引き伸ばされた交渉が続き、制裁が実行される最後の合意が発表される。合意は通常、非常にあいまいな文言で、アメリカは原則的に勝ったと主張し、合意を実行するか否かは日本の裁量に任され、全てはこれまでと変わらないままになる。

同じようなやり方で、人権、知的所有権、兵器拡大など広い原則をうたった文書に中国もやむなく同意をするが、アメリカとは全く異なった解釈をして、それまで通りの政策を続けるのである。

現在この手が通用するかどうかは疑問だが、非米国の対応としては大変参考になるアドバイスではないかと考えられる。

以上でこの本の引用を終わります。リベラルな民主主義・自由主義・人権主義のダブルスタンダードこそが世界の平和を破壊する要因ではないかという著者の警告が、この本を読み返して強く印象に残ったところです。

更につけ加えれば、西欧の移民によって人口構成が大きく変化していることの警告がハンチントンの警告のなかで重要な位地を占めていることです。「多様性の破壊が、多様性からの反撃を受ける」と云うパラドックスも大切な警告でしょう。

次回はマシュー・サイドの「多様性の科学」をご紹介する予定です。
9.11におけるCIAの失敗は、そのメンバーの選考条件(何万人の応募者からごく少数の合格者を選定するに当たり)多様性を欠き異文化・異文明の人材を切り捨てたため、ムスリムの動きがキャッチできなかったことにあります。

このサイトのメインテーマが多様性と持続性であることから、大いに期待していただきたいと思います。

追記:
偶々、NHKが過去にこんな放送をしていたことに驚きを感じましたので、ご紹介しておきます。この頃にはNHKも多様性を維持していたようです。

■NHK-BSワールドニュース『ウクライナ情勢』2013年から2017年の報道
https://www.bitchute.com/video/bxrPM1qbRZPr/